弥太郎を支えた奥さん
岩崎弥太郎の結婚 妻 喜勢(きせ)

岩崎喜勢 (いわさき きせ1845年(弘化2年)2月10日-1923年(大正12年)4月8日)
結婚する前の喜勢
喜勢が生まれて間もなく、父・重春(玄馬)がなくなり、母親である徳が再婚。喜勢は吾川郡御畳瀬村(現・高知県高知市)に住む叔父の高芝小七郎・古馬夫妻によって養育されたそうです。
ドラマ「龍馬伝」中ではとても汚い家で、家の中も土埃が舞っていてすすけて黄色っぽく、ものすごく貧乏な感じの岩崎家ですが、キレイなお嫁さんが来ます。(ドラマではマイコさんが演じます)まるで掃き溜めに鶴のようだと思った方も多いでしょう。
弥太郎と喜勢なれそめは弥太郎が肥だめに落ちている所を喜勢に助けてもらったとか。この話はおそらく伝承だろうとのことで真実は分かりません。
喜勢(きせ)とは弥太郎が27歳の時に結婚します。喜勢は弥太郎との間に長女:春路(はるじ) 長男:久弥(ひさや) 次女:磯路(いそじ)の1男2女をもうけ(いずれも後に三菱総裁や首相夫人などの要職に就きます。)、喜勢は養子や妾の子を含め5男5女を育てます。
明治維新後の喜勢
維新後の明治7年に喜勢は、東京に転居します。それ以前は、土佐から出ていません。雛鳳館を自宅内に作って弥太郎の妾の子や養子の教育(子女の教育)を行いました。女性の教育に熱心だったそうです。
また、弥太郎の母、美和とともに真言律宗の釈雲照に帰依。十善会・婦人正法会を発足しました。
